前回の記事で「業界を変える」という言葉の空虚さを書いた。
書いた後に、ひとつの疑問が残った。
なぜ、日本の軽貨物ドライバーは声を上げないのか。海外ではトラックドライバーがストライキを打ち、政府を動かし、待遇を勝ち取っている。日本では、それが起きない。
「日本人はおとなしいから」で済む話ではなかった。調べてみたら、構造的に声を上げられない仕組みが出来上がっていた。
日本からストライキが消えた
まず数字を見てほしい。
厚生労働省「労働争議統計調査」によると、日本のストライキ件数は1974年の年間約10,462件がピークだ。参加人員は約362万人。日本中で労働者が声を上げていた時代がある。
それが、こうなった。
| 年 | 争議行為を伴う件数 |
|---|---|
| 1974年 | 約10,462件 |
| 1990年 | 約900件 |
| 2000年 | 約300件 |
| 2010年 | 約85件 |
| 2021年 | 55件 |
99%以上の減少。半日以上の本格的なストライキに限れば、年間30〜40件しか起きていない。
世界との比較
日本のストライキ率がどれほど異常か、国際比較で見る。
ILO・OECD統計に基づく「労働者1,000人あたりの年間損失日数」の目安はこうだ。
| 国 | 1,000人あたり年間損失日数 |
|---|---|
| フランス | 約100〜120日 |
| 韓国 | 約40〜50日 |
| イギリス | 約20〜30日 |
| ドイツ | 約15〜20日 |
| アメリカ | 約5〜10日 |
| 日本 | 約0.2〜1日 |
フランスと比較すると100倍以上の差がある。アメリカですら日本の数倍〜十数倍だ。日本はOECD諸国の中で事実上の最低水準にいる。
なぜこうなったのか。
「おとなしい国民性」ではない。敗北の歴史だ
日本人がストをしないのは、性格のせいじゃない。歴史の中で、そうなった。
戦後、GHQの民主化政策で労働組合は急増した。1949年の組織率は55.8%。労働者は戦闘的だった。生産管理闘争、三井三池争議。日本中でストが打たれていた。
転機は複数ある。
1950年 レッドパージ。GHQの方針転換で共産党系の組合員が大量に追放された。戦闘的な労働運動の中核が消えた。
1955年 春闘方式の確立。賃上げ交渉を年1回の春闘に集約する仕組みができた。ストを打たなくても、一定の成果が得られるようになった。
1960年代 高度経済成長。賃金が毎年上がる。ストの必要性が薄れる。黙っていても生活は良くなった。
1975年 スト権スト。公労協の8日間のストが世論の猛批判を浴びて大敗北。以後、公共部門のストは事実上封印された。「ストは迷惑行為」という空気が、ここで決定的になった。
1987〜89年 連合の結成。1987年に民間労組が統一(全民労連)、1989年に総評系も合流し日本労働組合総連合会(連合)が結成された。協調路線が確定した。労使は「パートナー」になった。
1990年代〜 バブル崩壊。「雇用を守ること」が最優先になった。賃上げ要求すら控えめになり、ストは完全に形骸化した。
2000年代〜 非正規雇用の拡大。組合に入れない労働者が増え、ストの組織化能力自体が失われた。
労働組合の組織率は、1949年の55.8%から2023年には16.3%まで落ちた。パートタイム労働者に限ればわずか約8%。そして個人事業主の軽貨物ドライバーの組織率は、ゼロだ。
軽貨物ドライバーにはストライキ権がない
ここが核心だ。
憲法28条は団結権・団体交渉権・争議権(労働三権)を「勤労者」に保障している。だが、軽貨物ドライバーの大半は個人事業主だ。労働組合法上の「労働者」には原則として該当しない。
つまり、法的にストライキ権がない。
それどころか、個人事業主が集団で「この単価では仕事を受けない」と申し合わせれば、独占禁止法上の**不当な取引制限(カルテル)**に該当するリスクすらある。
声を上げるどころか、声を合わせること自体が違法になりかねない。これが日本の個人事業主ドライバーが置かれている法的現実だ。
例外はある。だがハードルが高い
最高裁は過去に、形式上は業務委託でも実態として使用従属性がある個人事業主を「労組法上の労働者」と認定した判例がある(INAXメンテナンス事件・2011年、ビクターサービスエンジニアリング事件・2012年など)。
つまり、特定の元請1社に専属的に従事し、業務の時間・場所・方法を指定されているような軽貨物ドライバーであれば、労組法上の労働者性が認められる可能性はある。
だが、その認定を勝ち取るためには労働委員会への申立てが必要で、時間も費用もかかる。日々の配達に追われる個人ドライバーにとって、現実的な選択肢とは言い難い。
韓国では同じ個人事業主ドライバーがストで勝っている
海外に目を向けると、状況はまったく違う。
韓国。2022年6月、全国運送産業労働組合(貨物連帯)が大規模ストを決行した。セメント、鉄鋼、石油化学の物流が停止した。要求は「安全運賃制」の恒久化。結果、安全運賃制の延長・拡大検討の合意を勝ち取った。ただし安全運賃制は2022年末に一度失効し、同年11〜12月には再びストが行われたが政府の業務開始命令により終結。安全運賃制は2026年に3年間の時限措置として再導入されている。
注目すべきは、韓国の貨物ドライバーの多くが自車持ち込みの個人事業主だという点だ。日本の軽貨物ドライバーとほぼ同じ業態。だが韓国では「特殊雇用労働者」として労組法上の保護を受けられる。だからストが打てる。だから交渉力がある。
ブラジル。2018年5月、トラック運転手が燃料価格高騰に抗議して全国ストを実施。11日間にわたり主要道路を封鎖した。スーパーの棚が空になり、空港の燃料が枯渇した。政府はディーゼル油への課税撤廃などの譲歩を即決した。
アメリカ。2023年、Teamsters組合がUPSに対しスト権を確立。約34万人が対象だった。実際にはスト突入前に妥結し、時給の大幅引き上げとエアコン付き車両の導入を勝ち取った。「ストをやるぞ」という圧力自体が交渉力になった好例だ。
フリーランス新法では足りない
2024年11月、フリーランス・事業者間取引適正化等法が施行された。報酬の60日以内支払い、買いたたきの禁止、取引条件の明示義務などが規定されている。
軽貨物ドライバー(個人事業主)は「特定受託事業者」として保護の対象になる。一方的な報酬引き下げや不当な待機時間の無償化は「買いたたき」として規制されうる。
だが、この法律は取引ルールの整備であって、対等に交渉する力を与えるものではない。団結権も、団体交渉権も、争議権も付与されていない。
違反があっても公正取引委員会や厚労省への申告が必要で、発注者に逆らって申告するハードルは高い。韓国のように「特殊雇用労働者」として労組法上の労働者と認める枠組みは、日本にはまだ存在しない。
「迷惑をかけてはいけない」が最強の鎖になっている
法律の問題だけじゃない。
日本には「迷惑をかけてはいけない」という規範がある。ストライキは利用者に迷惑をかける。荷物が届かなくなる。だから声を上げない。
1975年のスト権ストで世論の批判を浴びて以来、「ストは迷惑行為」という空気が日本社会に定着した。メディアもストを「迷惑」として報じる。職場では同調圧力が働き、「自分だけ参加する」という選択も、「自分だけ参加しない」という選択も、どちらも困難だ。
企業別組合の構造も大きい。産業別・職種別ではなく企業単位の組合が主流だから、経営側と「一蓮托生」になる。自分の会社に損害を与えるストは打ちにくい。
個人事業主の軽貨物ドライバーに至っては、組合すらない。連帯する仕組みがない。孤立した個人が、巨大な元請に対して一人で交渉する。交渉にすらならない。
構造をまとめる
日本の軽貨物ドライバーがストライキしない理由は、ひとつではない。複数の構造が重なっている。
| 層 | 内容 |
|---|---|
| 法的構造 | 個人事業主にはストライキ権がない。集団交渉はカルテルになりうる |
| 制度的構造 | 企業別組合・春闘方式で協調路線が定着。戦闘的運動は敗北の歴史 |
| 経済的構造 | 非正規・個人事業主が増え、組合の組織化能力が喪失 |
| 文化的構造 | 「迷惑をかけるな」の規範。メディアの論調。同調圧力 |
| 業界固有 | ドライバーは孤立した個人。横のつながりがない。日々の配達で手一杯 |
これらすべてが噛み合って、「声を上げない」ではなく「声を上げられない」構造ができている。
では、どうするのか
ストライキができないなら、別の方法で交渉力を持つしかない。
前回の記事で書いた通り、行政は動き始めている。フリーランス新法は不十分だが、方向は間違っていない。改正貨物自動車運送事業法で多重下請けの可視化も始まった。
だが、制度が整うのを待っている余裕はない。
今できることは、個人の交渉力を上げることだ。自分の契約条件を理解する。不透明な手数料には説明を求める。割に合わない案件は断る。そして、SNSで実態を発信する。
韓国のドライバーがストで勝てたのは、連帯していたからだ。日本の軽貨物ドライバーに法的なストライキ権はない。だが、情報を共有し、実態を可視化し、世論を動かすことはできる。それは合法だ。
1974年に1万件あったストライキは、今は年間30件になった。労働組合の組織率は16.3%まで落ちた。日本の労働者は、半世紀かけて交渉力を失った。
だがSNSという武器が生まれた。個人が発信し、連帯できる時代になった。法的なストライキはできなくても、構造を可視化すること自体が、最大の交渉力になる。
この記事を含めて、解体真書がやっているのはそれだ。