辞める意思を伝えた途端、見たことのない請求書が届く。
「入社研修費」「制服・端末費」「契約解除違約金」——
それが最終月の報酬から「相殺」の形で差し引かれ、手元にほとんど残らない。退職時に起きやすいトラブルの一つだ。
なぜ退職時に請求が発生するのか
委託会社にとって、ドライバーの退職は補充コスト(求人広告費・引き継ぎ期間の損失など)の発生を意味する。
そのコストを、契約書の「その他諸費用を報酬から控除できる」といった曖昧な条項を根拠に、退職時にまとめて請求してくるケースがある。在職中は一度も請求されなかった費用が、最後に出てくるのが典型だ。
3ヶ月前から始める準備
STEP 1(3ヶ月前):契約書を再確認する
契約書の以下の項目を確認する。
- 報酬から差し引ける費用の範囲(具体的に列挙されているか)
- 違約金・解除料の条件と金額
- 解約の予告期間(何日前に通知が必要か)
- 研修費・備品代の返還規定
「その他諸費用」という文言だけでは、何をいくら請求できるのかが特定できない。 この場合、退職前に「どの費用が対象になりうるのか」を書面で確認しておく。
STEP 2(2ヶ月前):現物の記録を残す
委託会社から貸与・指定されたもの(端末・制服・IDカード等)の状態を写真で記録する。
- 受取時の状態と現状を比較できるようにしておく
- 返却時にも同様の記録を取り、返却物の一覧に受領のサインかメールをもらう
貸与品の「損傷」を口実にした費用請求に備えるための証拠保全だ。 リース車の場合の記録手順はリース車返却時の難癖請求を防ぐ記録術にまとめている。
STEP 3(1ヶ月前):契約終了の意思表示を書面で行う
口頭での申し出は「言った・言わない」のリスクがある。
メールまたは書面で契約終了の意思を伝え、送信記録・受領確認を保存する。
「本メールをもって、〇〇年〇〇月〇〇日をもって業務委託契約を終了する旨をお伝えします。契約書第〇条の予告期間に基づく通知です。」
相殺のルールを正しく知る
まず前提を正しく押さえておく。
相殺は、相手の同意がなくても一方的にできる。 民法506条1項は「相殺は、当事者の一方から相手方に対する意思表示によってする」と定めている。つまり「同意していないから相殺は無効」という主張は、それだけでは通らない。
ただし、相殺には要件がある。民法505条1項は、二人が互いに同種の目的の債務(お金同士など)を負担し、双方の債務が弁済期にあるときに相殺できるとしている。
ここが急所だ。委託会社が報酬と相殺するには、委託会社側の請求(研修費・違約金など)が法的に成り立ち、支払期限が来ている必要がある。
- 契約書に根拠がない費用
- 金額の根拠を示せない費用
- 合意していない「違約金」
こうした請求はそもそも債権として成り立っていない可能性があり、成り立っていなければ相殺もできない。その場合、差し引かれた分は支払われていない報酬として請求できる。
また、契約で相殺を禁止・制限する特約をしていれば、当事者間ではその特約に従う(民法505条2項)。
フリーランス法で問題になりうる点
2024年11月1日施行のフリーランス法(特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律)は、従業員を使わない個人で受託しているドライバーを「特定受託事業者」として保護している。
発注側が従業員を使う事業者など(特定業務委託事業者)で、業務委託が1ヶ月以上続いている場合、発注側はドライバーの責めに帰すべき事由がないのに報酬の額を減ずることを禁じられている(同法5条1項2号)。
公正取引委員会・厚生労働省の解釈ガイドライン(特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律の考え方)は、減額の名目や方法を問わず、あらかじめ合意があっても違反になりうるとしたうえで、違約金の合意がないのに、契約更新を断ったドライバーの報酬から「違約金」名目で差し引くことを減額の例に挙げている。
契約時に定めのなかった費用を、退職を理由に報酬から差し引くことも、この「報酬の減額」にあたる可能性がある。該当するかは事案ごとの判断になるが、公正取引委員会・厚生労働省の窓口に申し出ることができる論点だ。
退職時に請求が来た場合の対処法
確認すべき3点
1. 契約書のどの条項が根拠か 請求書を受け取ったら、根拠条項の提示を書面で求める。契約書に記載のない費用は、請求の根拠が弱い。
2. 金額の内訳はあるか 「研修費」なら、いつ・何の研修で・費用がいくらかかったのかの内訳を求める。根拠を示せない請求は争う余地がある。
3. 差し引きに納得していない旨を記録に残す 相殺は一方的にできるからこそ、「請求の根拠に同意していない」「差し引かれた〇〇円は未払い報酬として請求する」とメールで明確に伝え、記録を残す。
「支払わないと訴える」と言われたら
- 請求内容の根拠資料を書面で出すよう求める
- 「検討の上、回答します」と伝え、その場で合意しない
- やり取りはメールに残す
訴訟になれば、請求する側が請求の根拠を立証する必要がある。差し引かれた報酬の回収手順は報酬未払いが起きた時の初動に整理している。
最後の報酬の入金を確認してから動く
退職月の報酬が振り込まれる前に相殺の通知が届くことがある。
可能であれば、最終月の報酬の入金を確認してから、引き継ぎ書類への署名などの手続きを進める順番を意識する。すでに支払われた報酬は弁済で消えているため、後から相殺の対象にはならない。委託会社が費用を求めるなら、別途請求するしかなくなる。
相談先
- フリーランス・トラブル110番(厚生労働省委託・第二東京弁護士会運営):0120-532-110。弁護士に無料で相談できる
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本記事は情報提供を目的としており、法的助言ではありません。個別の状況については弁護士にご相談ください。
参照した一次資料