「単価を下げられても、泣き寝入りするしかない」。
この前提は、制度の上では崩れ始めている。
公正取引委員会と中小企業庁は2025年4月以降、運送事業者間の取引を集中調査し、2025年12月に勧告2件・指導530件を公表した。買いたたきや無償の荷待ちは、実際に取り締まりの対象になっている。
ただし、法律は自動的には守ってくれない。この記事では、公取委が持つ3つの武器と、その効き方・限界を整理する。
公取委は運送の取引の何を見ているのか
運送の取引に向けられている武器は3つある。
- フリーランス法(2024年11月施行)— 従業員を使わない個人ドライバーと発注事業者の取引
- 取適法(改正下請法)(2026年1月施行)— 規模要件を満たす事業者間の委託。運送事業者間の再委託(役務提供委託)に加え、発荷主から運送事業者への委託(特定運送委託)
- 物流特殊指定・優越的地位の濫用(独占禁止法)— 荷主と物流事業者の取引
多重下請けの構造で言えば、上流(荷主→元請)を③と②の特定運送委託が、中流(運送事業者間)を②の役務提供委託が、最下層(個人)を①と②がカバーする形だ。紙の上では、各階層に網がかかっている。
順番に効き方を見る。
武器①フリーランス法——個人ドライバーは「特定受託事業者」
個人の軽貨物ドライバーに一番関係が深いのは、この法律だ。
従業員を使わず個人で受託する事業者は「特定受託事業者」として保護される。発注側には、主に次の義務・禁止がある。
- 取引条件の書面・メール等での明示(3条)
- 報酬の支払期日を、役務の提供を受けた日から60日以内に定めて支払う(4条)
- 1ヶ月以上の委託での減額・買いたたき、不当な経済上の利益の提供要請、不当なやり直し等の禁止(5条)
執行の実数も出ている。公取委の公表では、2025年度(令和7年度)にフリーランス法に基づく勧告10件・指導1,542件。違反類型で最も多いのは「期日における報酬の支払義務違反」(1,135件)で、次いで「取引条件の明示義務違反」(1,126件)だった。
単価も付帯作業も曖昧なまま走らされ、あとから条件が変わる。その根っこにある「条件を書面で出さない発注」は、違反類型の上位そのものだ。
武器②取適法——運送事業者間の取引と、発荷主からの委託
2026年1月1日、改正下請法(中小受託取引適正化法・通称「取適法」)が施行された。
まず押さえておきたいのは、運送事業者が請け負った運送をほかの事業者に再委託する取引は、旧下請法の時代から「役務提供委託」として対象だったことだ。冒頭の勧告2件・指導530件も、旧下請法に基づく処分だ。
取適法で新しく加わった主なものは次の3つ。
- 特定運送委託:メーカーや卸売業者などの発荷主が運送事業者に運送を委託する取引。これまで下請法の対象外で、物流特殊指定で対応していた部分だ
- 従業員数基準:運送の委託は、資本金基準に加え「従業員300人超 → 300人以下(個人を含む)」でも対象になる
- 協議に応じない一方的な代金決定の禁止:受託側が協議を求めたのに応じず、一方的に代金を決めることを禁止
集中調査の結果(公取委・中小企業庁、2025年12月23日公表)では、次のような事例が確認されている。
- 発注書面を交付していない、荷待ち・積込み・取卸しなどを委託内容として書いていない
- コストが上がっているのに協議せず代金を据え置く「買いたたき」
- 委託内容に書いていない荷待ち・積込み・取卸しを無償で行わせる「不当な経済上の利益の提供要請」
- 勧告事例では、「元請管理手数料」等を代金から差し引いた減額と、自社施設での無償の荷積み・荷卸し・長時間の待機
公表資料は、荷待ちや積込みも運送業務の一部だという商慣習が根強く残っていることを、違反の要因として挙げている。
また公取委・中小企業庁・国土交通省は、取適法とトラック法(貨物自動車運送事業法)をまたいで執行情報を共有する連絡会議を定期的に開くとしている。安全管理者の選任義務化と同じく、規制は多重下請けの下層まで目を向ける方向に動いている。
武器③物流特殊指定——荷主への監視は毎年続いている
いちばん上流、荷主と物流事業者の取引には独占禁止法の「物流特殊指定」がある。
公取委は毎年度、荷主と物流事業者の取引を調査している。2024年度(令和6年度)の優越的地位の濫用事案の処理は、法的措置1件(確約計画の認定)・警告1件・注意29件。法的措置と警告は社名が公表された。
件数だけ見れば少ない。だが「荷主も調査され、名前が出ることがある」という事実は、上流の価格決定に対する歯止めの一つになっている。
冷静な現実——3つの限界
法律は揃ってきた。だが、構造はまだ残っている。
限界①: 執行は調査と申告が起点になる。 公取委がすべての取引を見ているわけではない。書面調査や申告・情報提供に引っかからない取引は、表に出てこない。
限界②: 報復への恐怖は法律だけでは消えない。 取適法(5条1項7号)もフリーランス法(6条3項)も、申告・申出を理由にした取引停止などの報復を禁じている。それでも仕事を切られる恐怖は残る。名前を出さずに使える買いたたき等の情報提供フォームは、現実的な入口の一つだ。
限界③: 「適正価格」までは保証しない。 法律が禁じるのは不当な据置きや一方的な決定であって、単価そのものを引き上げる装置ではない。稼働と単価を記録し、請求書作成ツールなどで自分の数字を残していなければ、何が「買いたたき」かを主張することすらできない。
最下層から使える3つのアクション
- すべての発注条件を書面・メールで残してもらう。 取引条件の明示は発注側の法的義務だ。「LINEでいいので条件ください」の一言が、後の証拠になる。
- 無償の荷待ち・付帯作業を記録する。 時刻と内容のメモだけでいい。集中調査でも、委託内容に書かれていない荷待ち・積込みを無償でさせる行為が問題とされた。
- 窓口を知っておく。 弁護士に無料相談できるフリーランス・トラブル110番(0120-532-110、厚生労働省委託・第二東京弁護士会運営)と、公取委のフリーランス法違反申出窓口・取適法の申告窓口。
結論——網はかかった。ただし、かかっただけだ
2024年のフリーランス法、2026年の取適法で、軽貨物の取引は荷主から個人まで、法の網がかかる範囲が広がった。勧告2件・指導530件という実数は、公取委が運送業界の取引を実際に調べていることを示している。
だが、網は自動では絞まらない。記録を残し、自分の数字を知り、必要なら声を上げた者から順に守られる。
そしてもう一つ。法律が守るのは「取引の公正」までで、荷主に見つけてもらう力までは与えてくれない。直取引の入口を自分で持つことは、規制とは別軸の自衛になる。
出典(公正取引委員会の公表資料)
- 「運送事業者間の取引における下請法違反被疑事件の集中調査の結果について」(2025年12月23日)
- 「令和7年度におけるフリーランス・事業者間取引適正化等法第2章の運用状況及びフリーランスに係る取引の適正化に向けた取組」(2026年6月10日)
- 「令和6年度における荷主と物流事業者との取引に関する調査結果及び優越的地位の濫用事案の処理状況について」(2025年6月24日)
- 取適法の条文(e-Gov法令検索)/フリーランス法の条文(e-Gov法令検索)